{"created":"2023-06-20T14:06:55.837058+00:00","id":391,"links":{},"metadata":{"_buckets":{"deposit":"cf23d97b-56e6-48d5-a5ae-7b0f62e5a367"},"_deposit":{"created_by":4,"id":"391","owners":[4],"pid":{"revision_id":0,"type":"depid","value":"391"},"status":"published"},"_oai":{"id":"oai:maebashi-it.repo.nii.ac.jp:00000391","sets":["6:7"]},"author_link":["1216","1217"],"item_2_biblio_info_6":{"attribute_name":"書誌情報","attribute_value_mlt":[{"bibliographicIssueDates":{"bibliographicIssueDate":"2021-03","bibliographicIssueDateType":"Issued"},"bibliographic_titles":[{}]}]},"item_2_creator_2":{"attribute_name":"著者(ヨミ)","attribute_type":"creator","attribute_value_mlt":[{"creatorNames":[{"creatorName":"カク, 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年まで、政治的、社会的背景を踏まえ、同じの時\n期に活躍した中華民国の建築学界と満州の建築業界を分析し、中国における近代建築\nの萌芽期に育まれた建築思潮を多角的に考察することを目的としている。\n日本は1905 年の日露戦争の勝利により中国東北の満州の統治権を獲得した。1920\n年には、植民地初期の満州において、日本人建築家が主導する建築学術団体としての\n「満州建築協会」が発足した。1931 年満州国独立宣言により、満州では建設活動の動\n向にも大きな変化が生じ、南満州付属鉄道地を中心とした枠を突破し、大規模な建設\n活動を開始した。一方、1928 年北伐戦争の後、社会生活は安定的になり、中国の建築\n界の成長のための契機をも与えられた。1930 年代初頭、中国人建築家が主導する建築\n団体は北京、上海に相次いで設立され、設計活動とともに研究活動が展開された。そ\nの結果、日中戦争が起こる1937 年まで、双方の活動は、相互交流はないものの、中\n国における都市の変容と建築文化の発展に大きな影響を及ぼした。これは中国の建築\n近代化の萌芽期における重要な二軸と考えられる。受けた教育や経歴などの個人的背\n景の差異が影響を及ぼす様々な思想や意識が行き交う中にあって建築界の全体的傾\n向を獲得するために、本論では、学術団体という建築家集団と、雑誌という建築メデ\nィアを立脚点とする。中国の学術団体と満州建築協会の建築思潮を明らかにすること\nで、1930 年代中国における建築の近代化に影響を与えた建築思想の全体的構図を解明\nしようとするものである。\nそのため本論分においては、以上の建築学術団体によって刊行された『中国営造学\n社類纂』、『中国建築』、『建築月刊』、『満州建築協会雑誌』の1930 年から日中\n戦争の起こる1937 年の最終号に掲載された文献を通覧し、そのうち著者の主張が明\n確な論文、記事、社説などの文献469 篇を対象に選定した。その内容を把握するため\nに、まず、著者の主張や関心事が明確に現れている段落を「キーセンテンス」として\n抽出した。次に、「キーセンテンス」から事象、状態、コメント等を表現する名詞或\nいは名詞化動詞等を選定し、中心的な内容を代表する「キーワード」を抽出した。さ\nらに、「キーワード」の意味する対象の語義に基づいてグループ化し、その表す内容\nにより、大項目の[カテゴリー1]を設定する。その後、カテゴリー1 の示す分野領\n域により、小項目の「カテゴリー2」を設定する。以上のステップにより、文献対象\nとその主旨を類型化した。カテゴリーごとに属する「キーワード」の指摘頻度を集計\nして、統計的考察を行った。こうしたキーワードの抽出による類型化の方法を用い、\n2~5 章で統計的考察を行う。精神的・創造的な事柄が動く時、必ずしも多数決の論理\nがそこに支配するわけではないが、敢えて個的作家の発言内容ではなく、定量的な統\n計処理により、激動の歴史に一つの道を見出そうとすることに本研究の特徴がある。\n本論は全6 章からなる。第1 章で本研究の背景および意義、また研究対象と方法の\n有効性を述べる。第2 章では、1930 年から1937 年まで、『中国建築』、『中国営造\n学社類纂』、『建築月刊』に掲載された330 篇の文献を対象とし、建築言説を考察す\nることによって、中国の建築学術組織において、自らの民族様式の起源を探究のため、\n様式の検討を中心とする建築意匠に関する言説が、建築思潮の主幹となったことを明\nらかにした。第3 章で前章のキーワードの抽出データを踏まえ、文章や言説の指向性\nを基にして、抽出したキーワードを欧米と日本に分けた。建築言説を国別に考察する\nことによって、中国の建築学術組織における欧米と日本に関する言説はそれぞれ科学\n技術の分野と建築文化の分野に焦点を当てていたと明らかになった。欧米の学者の影\n響は中国の建築学術組織に自国の古代建築の研究に根拠を提供し、日本人の学者が中\n国の建築学術組織に古代建築の研究方法にフィールドワークなどの新たな考え方を\n提供したことを明らかにした。第4 章では、1930 年から1937 年まで、『満州建築協\n会雑誌』に掲載された139 篇の文献を対象とし、建築言説を考察することによって満\n州建築協会の建築思潮の脈絡が抽出でき、建築を背景とした言説は設計方法論と建築\n意匠論の2 つの分野に集中し、新興満州国の国家イメージを目指す議論はこの時期の\n建築思潮の主軸を構成している。また、満州地方を中心とした古建築の考察に基づき、\n満州建築文化体系の確立に向けた脈絡が形成されたことを明らかにした。第5 章で満\n州建築協会において、前章のキーワードの抽出データを踏まえ、文章や言説の指向性\nを基にして、抽出したキーワードを中国、欧米、日本、とその他の国に分けた。建築\n言説を国別に考察することによって、日本の新しい建築材料と設備及び職人の教育方\n法、また北京や瀋陽などの中国主要都市の建築史的、都市史的分析、また欧米の都市\n計画理論と建築様式の考察と、対象が目まぐるしく替わったことを明らかにした。第\n6 章では明らかにされた各章の成果をもって本論全体の結論を述べる。中国における\n建築の近代化に大きな影響を与えた建築思潮を考察することにより、中国人建築家集\n団と満州建築協会の位置づけが明確になった。前者の民国政府が統治する区域におい\nては、建築意匠に関する言説は、中国における建築近代化の主たる駆動力となった。\n中国人建築家集団の主導による、自らの民族様式の源泉への探求がその背後にある。\n一方、東北部の植民地、満州において、満州建築協会は主として満州における建築・\n都市史の研究を積極に展開し、日本と欧米から建造技術と建材、都市計画理論と様々\nな建築様式を満州へ導入し、中国における建築近代化の過程で多様化を推進する役割\nを演じたことを明らかにした。","subitem_description_type":"Abstract"}]},"item_2_dissertation_number_64":{"attribute_name":"学位授与番号","attribute_value_mlt":[{"subitem_dissertationnumber":"22303 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